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京都地方裁判所 平成6年(行ウ)23号 判決

原告

今井俊一

外九名

右原告一〇名訴訟代理人弁護士

川中宏

村井豊明

中島晃

加藤英範

田中伸

高山利夫

藤田正樹

右原告浅井、同荒川、同上田、同柴田、同杉原、同高瀬、同藤原訴訟代理人弁護士

高田良爾

中尾誠

吉田隆行

被告

井尻浩義

右訴訟代理人弁護士

田辺照雄

主文

一  被告は、京都市に対し、六九万四七六一円及びこれに対する昭和六一年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文のとおり。

第二  事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、京都市の住民である原告らが、別表の名目欄中「支出・金額・年月日」欄記載の各公金支出(以下「本件各支出」という。)が違法であることを理由として、地方自治法(以下「地自法」という。)二四二条の二第一項四号前段の規定に基づき、本件各支出につき被告が同号の「当該職員」に該当するとして、京都市に代位して、被告に対し、本件各支出金額に相当する損害賠償金及びこれに対する最終の支出日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた住民訴訟である。

二  前提事実

1  当事者

(一) 原告らは、いずれも京都市の住民である。

(争いがない。)

(二) 被告は、本件各公金支出がなされた当時、京都市民生局社会部庶務課長の地位にあり(争いがない。)、京都市の局長等専決規程(昭和三八年五月一八日訓令甲第二号)(以下「専決規程」という。)三条別表1庶務担当課長の項(4)に基づいて、京都市民生局における一件一〇万円以下の支出決定及び支出負担行為に関する専決権限を有していた(乙一四、一九、被告本人)。

2  本件各支出の存在

別表の名目欄記載のとおり、京都市民生局の職員が、他府県の同和行政担当者を、地区施設視察や協議等の会合で接待したとして、本件各支出にかかる支出決定書案が、京都市同和対策室職員によって起案されたうえ、専決権限者であった被告に提出された。

被告は、これに基づき、各支出決定(以下、右各決定を「本件各支出決定」、同各決定のなされた文書を「本件各支出決定書」という。)をして、各支出命令を発し、その結果、右名目欄記載のとおり、本件各支出がなされた。

(争いがない。)

3  本件各支出決定書の内容の虚偽性

しかし、右名目欄記載の会合等は、実際には行われていなかった。したがって、本件各支出決定書の記載内容は、いずれも虚偽架空のものである。

(争いがない。)

4  監査請求

(一) 原告ら及び馬原鉄男(以下「原件原告ら」という。)は、昭和六一年一二月二五日、地自法二四二条一項に基づき、本件各支出が違法不当であることを理由として、京都市監査委員に対し、監査請求(以下「本件監査請求」という。)をした。

なお、本件各支出のうち、別表記載番号1ないし10の各支出に関しては、本件監査請求は、右各支出行為があった日から一年を経過しているが、監査請求期間を経過したことについて、地自法二四二条二項ただし書の「正当な理由」がある。

(争いがない。)

(二) これに対し、京都市監査委員は、昭和六二年二月二三日、本件監査請求には理由がないとの監査結果に達し、そのころ、原件原告らに対し、本件監査請求を棄却するとの通知をした。

(争いがない。)

5  訴訟の経過

(一) 原件原告らは、同年三月二四日、地自法二四二条の二第一項四号に基づいて、本件各支出が違法であることを理由として、本件各公金支出がなされた当時、市長であった今川正彦、京都市民生局長であった清水芳信、京都市民生局同和対策室長であった下薗俊喜(以下「下薗」あるいは「原件被告下薗」という。)が、いずれも同号の「当該職員」に該当するとして、同人ら(以下「原件被告ら」という。)に対し、京都市に代位して、損害賠償を請求する訴えを京都地方裁判所(以下「原裁判所」という。)に提起した(当裁判所昭和六二年(行ウ)第一七号事件)。

(争いがない。)

(二) これに対し、原裁判所は、平成五年八月二〇日、原件原告らの訴えのうち、原件被告下薗に対する訴えを却下し、その余の原件被告らに対する請求をいずれも棄却するとの判決を言い渡した。

なお、原件原告らのうち、馬原鉄男は、右事件の口頭弁論終結前である平成四年七月二日に死亡している。

(三) 原告らは、同年九月三日、右判決を不服として、大阪高等裁判所(以下「控訴審裁判所」という。)に控訴した(大阪高等裁判所平成五年(行コ)第五四号事件)。

(争いがない。)

6  被告の変更

(一) 原告らは、平成六年四月一九日、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)四三条三項、四〇条二項、一五条一項に基づき、控訴審裁判所に対し、被控訴人を原件被告である下薗から本件被告である井尻浩義に変更することを許可するとの決定を求める申立てをした(大阪高等裁判所平成六年(行タ)第五号事件)。

(争いがない。)

(二) これに対し、控訴審裁判所は、同年六月一三日、右申立てを許可する決定(以下「本件被告変更決定」という。)をした。

(争いがない。)

(三) 控訴審裁判所は、同年八月一六日、本件被告変更決定をしたことに伴い、行訴法四三条、四〇条二項、一五条七項に基づいて、大阪高等裁判所平成五年(行コ)第五四号事件訴訟のうち、本件被告に対する訴訟を京都地方裁判所に移送する旨の決定をした。

(争いがない。)

三  争点

1  本案前

(一) 住民訴訟たる本件訴訟において行訴法一五条の準用があるか

(二) 本件訴訟において、本件被告との関係で、監査請求前置が充たされているか

2  本案

(一) 本件各支出の違法性及び京都市の損害の有無

(二) 被告の故意又は重過失の有無

(三) 消滅時効の中断の有無

第三  争点に関する判断

一  住民訴訟たる本件訴訟において行訴法一五条の準用があるか(争点1(一))について

1  原告らの主張

民衆訴訟のうち、処分又は裁決の取消し、あるいは無効確認を求める訴訟以外のものについては、行訴法三九条及び四〇条一項を除き、当事者訴訟に関する規定が準用される(同法四三条三項)。当事者訴訟に関する行訴法四〇条二項によれば、出訴期間の定めあるものには、同法一五条が準用される。そうすると、行訴法一五条は、民衆訴訟のうち、処分又は裁決取消し、あるいは無効確認を求める訴訟以外のもので、かつ、出訴期間の定めのあるものに準用されることになる。

本件訴訟は、地自法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟であり、同法二項によれば、出訴期間が定められているから、民衆訴訟のうち、処分又は裁決取消し、あるいは無効確認を求める訴訟以外のもので、かつ、出訴期間の定めのあるものに該当する。したがって、本件住民訴訟には行訴法一五条が準用されるものと解すべきである。

したがって、控訴審裁判所がした本件被告変更決定は、適法である。

2  被告の主張

控訴審裁判所がした本件被告変更決定は違法であるから、本件訴えは却下されるべきである。

(一) 行訴法一五条の規定する「被告の変更」とは、訴訟物を同じくすることを前提とする概念であり、本件のように訴訟物を異にする結果となる事案については、「被告の変更」の概念を逸脱することになるから、右法条の準用は認められない。

(二) 行訴法一五条は、「被告とすべき者を誤った」場合に、原告を救済する規定である。

原件では、京都市の下薗に対する損害賠償請求権の有無が審理の対象であったのであるから、被告適格を有する者は下薗であり、かつ、その下薗が被告とされていたのであるから、「被告とするべき者を誤った」場合にあたらない。

(三) 本件訴訟において、被告の変更を認めると、地自法二四二条二項の期間の経過によって住民訴訟によって訴えられることがなくなるという個人的利益が失われるという不都合が生じる。

3  判断

(一) 思うに、行訴法四三条三項によれば、民衆訴訟のうち、処分又は裁決の取消し、あるいは無効確認を求める訴訟以外のものについては、行訴法三九条及び四〇条一項を除き、当事者訴訟に関する規定が適用される。また、当事者訴訟に関する行訴法四〇条二項によれば、出訴期間の定めのあるものには、同法一五条が準用される。他方、行訴法四三条一項によれば、民衆訴訟のうち、処分又は裁決の取消しを求めるものについては、同法九条及び一〇条一項を除き、取消訴訟に関する規定が準用されるものとされ、その結果、同法一五条及び出訴期間を定める同法一四条が準用されることになる。そうすると、行訴法一五条は、結局、民衆訴訟のうち、出訴期間の定めのあるものに準用されることになる。

本件訴訟は、地自法二四二条の二第一項四号前段の規定に基づく住民訴訟であるから、行訴法四二条、五条にいう民衆訴訟に該当し、かつ、地自法二四二条の二第二項に出訴期間に関する規定があるため、出訴期間の定めのあるものに該当する。したがって、本件住民訴訟には、行訴法一五条が準用されるものと解すべきである。

(二) これに対し、被告は、行訴法一五条の規定する「被告の変更」とは、訴訟物を同じくすることを前提とする概念であり、本件のように訴訟物を異にする結果となる事案については、「被告の変更」の概念を逸脱すると主張する。

思うに、行訴法一五条の趣旨は、以下のとおりであると解される。すなわち、取消訴訟は、処分等をした行政庁を被告として提起しなければならない(行訴法一一条)ところ、一般に行政関係法規や行政組織は複雑で、しばしば改正され、また、権限の委任が行われることも少なくないことから、だれが処分等をした行政庁に該当するかわかりにくく、原告が被告とすべき者を誤って訴えを提起してしまう事態が起こりうる。しかるに、右の場合に、原告が、新たに被告適格を有する者に対して同様の訴えを提起しようとしても、取消訴訟には出訴期間の制限がある(行訴法一四条)ため、新たな出訴が困難なことが少なくない。そこで、行訴法一五条は、右のような場合に、原告に対して被告変更の申立権を認め、被告変更が認められた場合には、新被告に対する訴えは、出訴期間の遵守という関係では、最初に訴えが提起された時に提起されたものとみなすこととして、原告を救済することとしたのである。

以上の趣旨にかんがみれば、訴訟物の同一性が、行訴法一五条の「被告の変更」の要件になっていると解すべき根拠は見当たらないのみならず、行訴法が、前示のとおり、民衆訴訟のうち出訴期間の定めのあるものについて同法一五条を準用するにあたり、「被告の変更」の要件として訴訟物の同一性が必要である旨を特に規定していないことにかんがみれば、被告の右主張は、採用することができないものといわねばならない。

(三) また、被告は、原件では、被告適格を有する者は下薗であり、かつ、その下薗が被告とされていたのであるから、行訴法一五条にいう「被告とすべき者を誤った」場合にあたらないと主張するので、右主張について検討する。

(1)  思うに、行訴法一五条の「被告とすべき者を誤った」場合とは、通常は、当該訴訟において被告適格を有しない者を被告として訴えたことをいうものと解される。しかし、地自法二四二条の二第一項四号前段所定の住民訴訟においては、同号前段所定の「当該職員」と認められない者を被告として提起された訴えは、法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして、不適法であると解される(最高裁判所昭和五五年(行ツ)第一五七号・同六二年四月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻三号二三九頁、同裁判所平成二年(行ツ)第一三八号・同三年一二月二〇日第二小法廷判決・民集四五巻九号一五〇三頁参照。)ところ、右の場合、正当な被告以外の者に対して訴えを提起したことにより、右訴えが不適法なものとして却下されるという点では、右被告に被告適格がない場合と径庭はない。とすれば、行訴法四三条三項、四〇条二項によって準用される同法一五条の「被告とすべき者を誤った」場合とは、地自法二四二条の二第一項四号前段所定の住民訴訟において、同号前段所定の「当該職員」と認められない者を被告として訴えを提起した場合を含むと解するのが相当である。

(2) したがって、本件訴訟において、原告らが行訴法一五条にいう「被告とすべき者を誤った」場合にあたるかについては、原件被告であった下薗が地自法二四二条の二第一項四号前段所定の住民訴訟において、同号前段所定の「当該職員」と認められるかどうかにかかることになる。

この点、地自法二四二条の二第一項四号前段の「当該職員」とは、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を①法令上本来的に有するとされている者及び②これらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味し、②には、当該普通地方公共団体の内部において、訓令等の事務処理上の明確な定めにより当該財務会計上の行為につき法令上権限を有する者からあらかじめ専決することを任され、右権限行使についての意思決定を行うとされている者も含まれるものと解するのが相当である(前掲の各最高裁判所判決参照。)。

これを本件訴訟についてみるに、本件各支出がなされた当時、下薗が京都市民生局同和対策室長であったことは、第二の二5(一)説示のとおりであるから、①の「当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者」に該当するとは認められない。また、専決規程(乙一四)によれば、室長の共通専決事項の中には、支出命令及び支出決定に関する権限を定めた規定が存在しないことが認められ、他に室長に右権限の委任等がなされていることを認めるに足りる的確な証拠もないから、下薗は、②の「当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を①の者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者」ないし「当該普通地方公共団体の内部において、訓令等の事務処理上の明確な定めにより当該財務会計上の行為につき法令上権限を有する者からあらかじめ専決することを任され、右権限行使についての意思決定を行うとされている者」に該当するものとも認められない。

してみれば、本件訴訟において、下薗は、地自法二四二条の二第一項四号前段の「当該職員」とは認められない。

(3) したがって、原告らは、地自法二四二条の二第一項四号前段所定の「当該職員」と認められない者を被告として訴えを提起したのであるから、行訴法四三条三項、四〇条二項によって準用される同法一五条の「被告とすべき者を誤った」場合に該当するものと認められる。

よって、被告の右主張は、採用することができない。

(四) また、被告は、本件訴訟において、被告の変更を認めると、地自法二四二条二項の期間の経過によって住民訴訟によって訴えられることがなくなるという個人的利益が失われるという不都合が生じると主張するが、右にいう被告の利益は、地自法二四二条二項が手続上監査請求の期間を定めたことに由来する反射的利益にすぎず、法律上保護された利益にはあたらないと解するのが相当であるのみならず、本件被告は、原件訴訟が提起された当時、右訴訟の正当な被告が自己であり、後に原件原告らの申立てに基づいて原件被告が下薗から自己に変更される可能性のあることを容易に知りうる立場にあったことにかんがみれば、右のような不都合が生じるとしてもやむをえないものといわねばならない。

よって、被告の右主張も、採用することができない。

(五) したがって、本件被告変更決定には、被告主張の違法はなく、適法である。

二  本件訴訟において、本件被告との関係で、監査請求前置が充たされているか(争点1(二))について

1  被告の主張

仮に本件被告変更決定が許されたとしても、本件被告との関係では、住民訴訟の訴訟要件たる地自法二四二条一項所定の監査請求を経ていない。したがって、本件訴えは不適法である。

2  原告らの主張

本件監査請求においては、原告らは、各公金支出の事実を特定し、今川正彦、清水芳信、下薗俊喜などの関係者に対して連帯して違法に支出した公金を京都市に返還することを求めているところ、右「関係者」には、本件被告も含まれる。したがって、本件訴えは、本件被告変更決定後の本件被告との関係でも、地自法二四二条一項所定の監査請求を経ており、適法である。

3  判断

本件訴訟において、本件被告との関係で監査請求前置の要件を充たすためには、本件監査請求の対象とされた行為又は事実と本件被告変更決定後の住民訴訟において審判の対象とされている行為又は事実とが同一であると認められることが必要である。

この点、本件監査請求の対象とされた行為又は事実と本件訴訟において審判の対象とされている行為又は事実との同一性の判断にあたっては、請求の対象となる財務会計行為、右財務会計行為を違法とする事由、求められた措置及び監査請求の対象者等を総合して判断すべきものと解される。

これを本件について検討すると、証拠(甲一)及び弁論の全趣旨によれば、請求の対象となる財務会計行為(本件各支出)、それを違法とする事由(接待等の架空性)及び求められた措置(支出公金分の返還)は同一であることが認められる。さらに、証拠(甲一)によれば、原告らが、本件各支出にかかる公金相当額を京都市に返還(賠償)することを求めている相手方は、「今川正彦、清水芳信、下薗俊喜などの関係者(あるいは「その他関係者」)」であると認められるところ、甲一の内容に徴すれば、右「関係者」とは、本件各支出に携わった者全体をさすものと解される。してみれば、第二の二2説示のとおり、本件各支出について本件各支出決定をしたのは本件被告であるから、右「関係者」には、本件被告も含まれるものと解される。したがって、本件訴訟においては、本件監査請求の対象とされた行為又は事実と本件被告変更決定後の住民訴訟において審判の対象とされている行為又は事実とは同一であると認められる。

よって、本件訴訟は、本件被告との関係でも、地自法二四二条の二第一項、二四二条一項所定の監査請求前置を経たものとして、適法であると認めるのが相当である。

三  本件各支出の違法性及び京都市の損害の有無(争点2(一))について

1  原告らの主張

(一) 内容虚偽の支出決定書を作成してなされた本件各支出は、財務会計の原則や京都市の条例、規則にも反する違法な支出である。

本件各支出が違法である以上、京都市には、右各支出にかかる金員の合計額六九万四七六一円に相当する損害が生じている。

(二) 被告主張の別紙の実際欄記載の各会合は、開催年月日、会合目的、出席者とも、本件各支出決定書の記載と明らかに異なっている。被告は、右各会合に出席した地元関係者の氏名を明らかにしておらず、したがって、右各会合の実在性及び目的の正当性並びに本件各支出の必要性及び合理性は、いずれも認められない。

2  被告の主張

(一) 別紙の名目欄記載の各会合は存在しないが、実際欄記載の各会合は存在し、その開催年月日、目的、出席者は、同欄記載のとおりである。

また、右各会合はいずれも、同和行政推進のために開催された正当かつ有益な会合である。

(二) 本件各支出は、右各会合に際しての会食の費用として支出がなされたものであり、同和対策事業の適正円滑な実施に寄与するものであるから、右各支出の目的は正当なものである。

また、右各支出に際しては、京都市の権限ある同和対策室職員が、別紙の名目欄記載の各債権者との間で、飲食にかかる契約を締結したものであるから、各支出負担行為は適法に成立している。

(三) 本件各支出は、右各支出負担行為によって正当に負担した京都市の債務の履行として行われたものであるから、京都市には損害は生じない。

また、右支出手続の一つの過程である本件各支出決定がなされるにあたり、右各決定にかかる本件各支出決定書のなかには、会合目的、開催年月日、出席者の記載が実際の各会合と異なっている場合があるが、債権者や金額等公金支出の本質的部分は、名目欄の記載と同一であるから、本件各支出は、単なる手続上の過誤があるにすぎず、その違法性は低く、右のとおり京都市に損害が生じていない以上、本件各支出手続の違法性は問題とならない。

3  判断

(一) 地方公共団体の財務会計の処理は、地自法、地方財政法、地方自治体の財務に関する条例、規則等に従って適正に処理されなければならない。地自法は、二三二条以下に支出に関する定めを設け、地方公共団体の財政の運営に関する基本原則を定めた地方財政法は、予算の執行について、その目的を達成するための必要かつ最小の限度を超えて支出してはならないと定め(同法四条)、京都市も京都市会計規則により、支出に関する細則を定めている。このように関係法令によって、地方公共団体の支出負担行為、これに続く支出命令、支出行為は、予算の範囲内において、正確、厳正、公正に処理されることが求められているのであって、真実に合致した会計処理をすべきことがその前提とされているといえる。したがって、右のような会計の基本原則に反し、虚偽架空の事実に基づいて会計処理が行われ、公金が支出された場合、かかる公金の支出手続は、それだけで当然に違法であり、かかる違法な公金支出がなされた場合には、右公金支出にかかる金員に相当する損害が、公金支出をした地方公共団体に生じたものといわなければならない。

これを本件についてみると、別紙の名目欄記載の会合が存在せず、虚偽架空であることは、第二の二3説示のとおりである。したがって、本件各支出にかかる支出手続は、右財務会計上の基本原則に違反し、違法であるといわざるをえず、よって、京都市には、本件各支出にかかる金員の合計額である六九万四七六一円に相当する損害が生じたものと認められる。

(二) これに対し、被告は、本件各支出は、別紙の実際欄記載のとおり実際に開催された各会合の接待費として支出がされたものであり、債権者、支出金額等支出の本質的部分は本件各支出と一致し、ただ手続上の過誤があるにすぎない旨主張する。そして、証人岡本重雄、被告平野之夫、同今川正彦、同清水芳信、同下薗俊喜及び同井尻浩義はこれに副う供述をし、乙三ないし一三、一五ないし二〇にもこれに副う供述記載がみられる。

しかし、被告の主張する各会合については、稟議書や報告書等の的確な裏付け資料は全く存在せず、出席した地元関係者の氏名も明らかでないうえ、被告主張の各会合の出席人数と債権者の作成した各請求書記載の人数にくいちがいのあるものが一二件中七件もある。これらに照らすと、右供述や供述記載のみをもって右各会合の実在の事実を裁判上認定することはできず、他に被告主張の事実を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。したがって、被告の主張する会合の実在する事実自体、これを認めることができない。

以上のとおりであるから、右各会合の存在を前提とする被告の主張は、採用することができない。

四  被告の故意又は重過失の有無(争点2(二))について

1  原告らの主張

被告は、本件各支出に関する専決権者であるにもかかわらず、本件各支出について虚偽架空の名目でなされていることを承知して決裁したのであるから、当然に故意又は重過失がある。

2  被告の主張

京都市民生局においては、支出決定にかかる実質的な行政業務の決定は担当部課に委ねられ、被告が支出決定をする場合、現実には支出決定案の内容と添付された関係書類の点検すなわち書面審理により、疑義の有無を調べ、さらに予算管理上の問題の有無の検討によって決するほかなく、事実関係を実際に調査することは不可能であるから、法令上、実際の調査までは被告には義務づけられていないというべきである。

よって、被告は、本件各支出決定書及び添付書類についての書面審理に基づいて、本件各支出決定をしたのであるから、故意及び重過失は、ともに存在しない。

3  判断

(一) 前提

まず、前提問題として、地自法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟に同法二四三条の二第一項が適用されるかを検討する。

(1) 本件訴訟は、地自法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、被告が同号所定の当該職員に該当するとし、京都市が当該職員である被告に対して有する損害賠償請求権を代位行使するとして提起された、代位請求訴訟であるところ、右規定は住民に代位請求訴訟を提起する資格を付与するという訴訟法規的性格をもつ規定にすぎない(行訴法四二条参照。)から、同号所定の訴訟において、代位の対象となる実体法上の請求権の発生する根拠は、別途、民法、地自法上その他実体法の規定に求めなければならないと解される。

(2) そこで、次に、本件訴訟において原告らが代位行使する損害賠償請求権の実体法上の根拠を考察するに、この点に関し、地自法二四三条の二に地方公共団体の職員の損害賠償責任に関する規定があるので、まず、右規定の趣旨について検討する必要がある。

思うに、地自法二四三条の二の趣旨は、同条一項所定の職員の職務の特殊性にかんがみて、同条所定の行為に起因する当該地方公共団体の損害に対する右職員の賠償責任に関しては、民法上の債務不履行又は不法行為による損害賠償責任よりも責任発生の要件及び責任の範囲を制限して、これら職員がその職務を行うにあたり萎縮し消極的となることなく、積極的に職務を遂行することができるよう配慮したものであると解される。

してみれば、地自法二四三条の二の規定は、同条一項所定の職員に関する限りその賠償責任については民法の規定を排除し、その責任の有無又は範囲は専ら同条一、二項の規定によるものとした点にその特殊性を有するものと解される(最高裁判所昭和五八年(行ツ)第一三二号・同六一年二月二七日第一小法廷判決・民集四〇巻一号八八頁参照。)から、地自法二四三条の二の責任は、民法上の責任に対する特別責任の関係に立つものと解される。

(3) 次に、本件訴訟において、原告らが代位行使を主張する実体法上の請求権の法的性格について検討する。

被告が、専決規程に基づいて、本件各支出決定に関して専決権限を有していたことは、第二の二1(二)、2説示のとおりであるから、被告は、本件各支出との関係では、地自法二四三条の二第一項後段一号ないし二号「に掲げる行為をする権限を有する職員…の権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体規則で指定したもの」に該当するものと認められる。

したがって、本件訴訟において、原告らが代位行使を主張する実体法上の請求権は、地自法二四三条の二第一項に基づくものであるということになる。

(二) 検討

そこで、本件においては、京都市が、地自法二四三条の二第一項に基づいて、被告に対し、損害賠償請求権を取得したかどうかが問題となるべきところ、同規定は、「職員が故意又は重大な過失により法令の規定に違反して当該行為をしたこと又は怠った」場合に限り、同条の損害賠償請求権が発生するものとしているので、本件において、被告に、右「故意又は重大な過失」が認められるか否かを検討しなければならない。

本件において、本件各支出決定書の内容が虚偽であることは、第二の二3説示のとおりである。また、そのような虚偽架空内容の支出決定書に基づく会計処理は、およそ真実に合致した適正な処理を行うべきものとする財務会計処理の基本原則に違反し、その支出手続はそれだけで当然に違法であることは、三3説示のとおりである。そして、証拠(乙一九、被告本人)によれば、被告は、本件各支出決定をした当時、本件各支出決定書の内容が虚偽であることを承知していたことが認められる。

以上の事実によれば、被告は、法令の規定に違反して本件各支出をしたことに関して、地自法二四三条の二第一項にいう「故意」があったものと認められる。

したがって、京都市は、地自法二四三条の二第一項に基づいて、被告に対し、損害賠償請求権を取得したものと認められる。

五  消滅時効の中断の有無(争点2(三))について

1  被告の主張

(一) 京都市の被告に対する損害賠償請求権は、地自法二四三条の二第一項に基づく請求権であるから、同法二三六条一項の五年の消滅時効の規定が適用される。本件各支出のうち最終のものは、昭和六一年三月二七日になされているから、その五年後である平成三年三月二七日おいて、本件各公金支出の全てについて、右損害賠償請求権の消滅時効期間が経過した。

被告は、平成七年九月一三日の本件口頭弁論期日において、右消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

よって、京都市の被告に対する損害賠償請求権は、時効により消滅したものである。

(二) 行訴法一五条の準用による被告の変更があった場合、同条の効果としては、出訴期間の遵守を付与するのみであり、それ以外の効果は与えられていない。

原告らから被告に対して請求の趣旨及び原因を記載した準備書面が提出されたのは、平成五年一〇月一七日のことであるから、消滅時効の中断は生じていない。

2  原告らの主張

(一) 京都市は、未だ本件各公金支出については京都市に損害が発生していないとして損害賠償請求権を行使していないのであるから、そもそも消滅時効は進行していない。

(二) 仮に、消滅時効が進行していたとしても、行訴法一五条の準用により被告の変更が許可された場合、消滅時効は当初の被告に対する訴えが提起された時点で中断するというべきであるから、本件訴訟においては、京都市が被告に対して有する損害賠償請求権の消滅時効は、当初の訴えが提起された時である昭和六二年三月二四日に中断している。

3  判断

(一) 前提

京都市の被告に対する損害賠償請求権は、四3(一)で検討したとおり、地自法二四三条の二第一項に基づく請求権であるから、「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利」として、同法二三六条一項の五年の消滅時効の規定が適用されることになる(前掲昭和六一年最高裁判所判決参照。)。

そうすると、本件各支出のうち最終のものは、昭和六一年三月二七日になされているから、その五年後である平成三年三月二七日の経過をもって、本件各公金支出の全てについて、右損害の賠償請求権の消滅時効期間が経過していることになる。

(二) 検討

そこで、原告らは、右の消滅時効は、当初の訴え提起時である昭和六二年三月二四日に中断している旨主張するので、以下検討する。

(1) まず、原告らの主張する時効中断の法的根拠について検討するに、その真に意図するところは必ずしも明らかでないものの、行訴法一五条の規定を根拠としているものと解される。

しかし、同条は、一3(二)でみたとおり、出訴期間の遵守という訴訟要件に関しての救済規定であり、消滅時効という実体法上の問題に関して規律するものではないと解されるから、原告ら主張のように、同条を法的根拠として時効中断を認めることはできないものと解するべきである。

してみれば、右の限度では、被告の主張には理由があり、他方、原告らの主張には理由がない。

(2) しかし、当裁判所は、時効中断効の認められる実体的根拠に照らして、本件においては、本件被告との関係でも、当初の訴え提起時において時効中断の効果が生じていると解するものである。以下理由を述べる。

思うに、消滅時効制度は、権利の上に眠れる者は保護されないという点を根拠のひとつとし、また、時効の中断は、権利の主張があることによって、権利者が権利の上に眠る者とはいえなくなることを主たる根拠とするものである。他方、違法な公金支出に関係する者のうちの一部を被告として、原告たる住民より住民訴訟の提起があった場合、違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正しもって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするという住民訴訟制度の性質にかんがみ、右訴えにより、右の違法な公金支出を是正しうる立場にある者全体に対し、右の違法な公金支出の是正を要求する旨の権利主張が外部的容態として明確にされていると考えられるから、右訴え提起によって、原告たる住民は、右の違法な公金支出を是正しうる立場にある者で、かつ、被告とされなかった者との関係においても、もはや権利の上に眠れる者とはいえないものと評価できる。してみれば、右のように、違法な公金支出に関係する者のうちの一部に対して原告たる住民より住民訴訟の提起があった場合、右訴え提起時において、右の違法な公金支出を是正しうる立場にある他の者との関係においても、時効中断の効果が発生するものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、本件訴訟は、本件各支出決定書の内容が虚偽架空のものであることを理由に本件各支出が違法であるとして、右各支出にかかる金員相当額の損害賠償を求めるために提起された住民訴訟であること、右訴えの提起は、昭和六二年三月二四日になされたこと、原告らは、本件各支出に関係していた者として、当初原件被告らを相手方として訴えを提起していたこと、本件被告は、本件各支出に関して、専決権限者として本件各支出決定を行っていたものであることは、第二の一、二においてみたとおりである。右の各事実を総合すれば、本件においては、当初の訴え提起時である昭和六二年三月二四日において、本件被告との関係においても、時効中断の効果が生じたものと認めるのが相当である。

してみれば、原告らの時効中断の主張は、法的構成はともかく、右のように、訴え提起時において生じていたと主張する限度において、理由がある。

第四  結論

以上のとおり、京都市は、違法な本件各支出にかかる金員の合計額である六九万四七六一円に相当する損害について、被告に対し、地自法二四三条の二第一項に基づいて損害賠償請求権を有しているものであるから、原告らの請求は理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松尾政行 裁判官中村隆次 裁判官府内覚)

別表(1)(2)〈省略〉

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